【私が知的障害者に携わる理由】第2部 事例紹介~終わりに
実際に私が出会った事例を紹介します。
制度の不知 22歳で20歳前の障害基礎年金を請求 Aさんのケース
Aさんは幼少期から中学生頃まで両親の都合で児童養護施設にて生活を行い、その後は母親の下で生活していました。学校は特別支援学校に通学し、卒業後は障害者の作業所に通所されていました。Aさんの母親も精神疾患を抱えており、学校での保護者間の繋がりは皆無な様子で情報弱者の部類に入る方でした。その様な家庭環境で育ったAさんが障害年金を知る訳もなく20歳を迎えても請求はできませんでした。ある時就職のチャンスが舞い込み、そこで障害年金の申請をしていないことを作業所の職員が知り相談に来られたのが事の始まりです。
母親は精神疾患を抱えていたことから十分なヒアリングができなかったので、当時利用していた児童養護施設に事情を説明し当時の情報を取得することができました。
特別支援学校での様子は通所していた作業所にあった学校からの情報提供書類を参考に、作業所での様子は作業所の職員から事情を聴き成育歴と最近の日常生活の状況に関する資料を作成しました。これら資料を元に医師に診断書を作成してもらい、病歴就労状況申立書を作成し申請すると無事で20歳前の障害基礎年金2級を受給することができました。
このケースは知的障害でありながら、情報弱者が故に年金請求が遅れた事例できちんとした情報を知っていれば20歳から年金が受給できていたケースでもありました。
障害年金を理解していない医師 Bさんのケース
障害年金は日常生活に一定の制限が加わる場合の所得補償制度です。そのため、年金受給の尺度は日常生活能力の有無になり、就労や作業能力は関係ない指標になります。多くの医師は障害年金の目的が日常生活の有無というのを理解して作成してくれますが、中には日常生活能力ではなく作業能力や検査結果等で診断書を作成する医師もいます。確かに作業能力や検査結果は客観的な手法で行われているので結果自体の信頼性は高いと感じますが、反面にそこに日常生活能力が落とし込まれているかは疑問が残ります。
Bさんは療育手帳B1で雇用保険加入程度しか就労できない中度知的障害者です。20歳の時点で障害基礎年金を請求し無事受給に至りましたが、転居に伴いその病院を転院せざる負えなくなりました。Bさんは知的障害以外に癲癇が有ったので特定の病院への通院は必須でした。転院先の医師に障害年金の更新の診断書作成をお願いすると「作業検査の結果が良いので診断書もそれに応じた物しか書けない」医師から説明を受けて作成された診断書では更新は不可でした。その後就職はしたものの雇用保険加入程度しか就労することができず、子供の将来を考えると障害年金は絶対に必要との事で母親が相談に来られました。
転院できない以上、医師に障害年金制度の目的を説明し、検査結果等で判断するのではなく日常生活能力の有無で診断書を作成するようにお伝えするしかありません。資料を準備し医師に説明し理解して頂き診断書を作成してもらい無事障害年金の再開できました。このケースは上手くいきましたが、多くの場合医師に「書けないと」言われれば多くの方は諦めてしまうと思います。障害年金に精通する社労士としては法の目的をきちんと説明した上で請求者の日常生活の困り事を的確に伝えていくという障害年金のお手本の様な仕事ができた良い思い出です。
月20万の給料、一人暮らしの知的障害者の障害年金 Cさんのケース
Cさんは両親に課題が多く、児童養護施設で幼少期を過ごし特別支援学校卒業後障害者で会社に就職されました。この時点で障害福祉の支援者は付いていた様子ですが、他人との交流を嫌うCさんは年金請求を拒否しました。それから20年ほど経過し、体力の衰え共に賃金も低下傾向になり、支援者が再度将来の為に障害年金を請求しようと説得し相談に来られました。
話を伺うと、給料は20万円ほど程あり、身寄りが無いので当然ながら一人暮らしでした。障害年金は日常生活の有無で判断されますが、就労していると日常生活能力があるとみなされ、そしてその給料が高いほど労働能力も高いとみなされる傾向があります。また、一人暮らしをしていたことから、一人暮らしができる=日常生活能力が有る⇒障害年金は不支給という可能性もある難しいケースでした。
仕事をしている事実は隠しようがないので、障害者雇用としての配慮や仕事場での様子を丁寧にヒアリングし、その内容を病歴・就労状況等申立書とは別の資料としてまとめて提出しました。
また一人暮らしの点については「一人暮らしだけど同居者がいる」と嘘をつくのは絶対にダメなので、一人暮らしになった経緯、一人暮らしでの困りごと(話を聞くと一人暮らしをしているが、普通に暮らせてはいない様子でした。真冬でガスが止まっていても気にせずシャワーをしていたり、電気代が引き落とせずに電気が止まっても気にせず生活していたり、歯が全て虫歯でダメになっても歯医者にも行っていない様な生活でした。)を診断書や病歴・就労状況等申立書に落とし込み申請を行いました。結果は無事障害基礎年金2級が決まり現在は年金と賃金の二つで安定的な生活を送られているみたいです。
終わりに
障害年金の魅力は色々な人と出会い話を聞けるところです。その過程で色々な人の困りごとを知ることができます。今まで自分ができることは人もできて当たり前であるという感覚で生きてきましたが、業務を通じて色々な部分で躓き悩まれている人がいる事を知り、自分に合わせるのではなく相手の目線に立ち行動する重要性を学べました。
障害年金を受けるかどうかで悩まれている社労士さんは是非受ける方向で動いてみてはいかがでしょうか?仕事では年金受給は求められる部分ですが業務を通じて自分の新たな側面を発見できるのではと思います。
執筆者
島 宜宏(しま よしひろ)先生
あずさ国際年金・労務事務所 所長
大学卒在学時に社会保険労務士合格し、約7年大阪市西成区にある社会福祉法人に勤務し障害者への就労支援や生活支援の業務に従事する。地域的な課題が多いとされる西成区で実際に障害者支援を経験することで、構造的な貧困の連鎖や社会保障制度の不知等を知り、所得補償制度としての障害年金の重要性を理解する。その後は障害者雇用と障害年金の両立を提案し1人でも多くの障害者が自立できるようにサポートしていく。2019年 あずさ国際年金・労務事務所 開設
島宜宏先生による
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