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第3回 日本の職場におけるLGBTQに関する取り組みの歴史

2022/01/27

シリーズ:社会の動向①

この連載では、LBGTQに関連する労務管理について、法令に関する情報、国・自治体・経済団体などの動き、人事労務の現場での実際の対応の仕方など、様々な切り口で検討していきます。

第3回は、日本の職場におけるLGBTQ関連施策がどのように発展してきたのか、概観します。

 

取り組みの開始から可視化の進行まで

 筆者が知る限り、日本企業のLGBTQに関する積極的な取り組みがメディアに登場するようになったのは、2000年代後半からです。

 初期の取り組みとして、日本IBM(2004年~)(※1)やゴールドマン・サックス(2005年~) (※2)が社内に当事者組織を作った事例がありますが、これらの企業は、アメリカ本社をはじめとする海外各社で既に取り組みの実績があったことから、日本国内に先例がほとんどない中でも施策を始めやすかったものと思われます。

 外資系企業から始まったこうした取り組みが、日本に本社を持つ企業でも行われるようになったのは、主に2010年代に入ってからのことでした。

 渋谷区や世田谷区が同性パートナー制度を導入した2015年は「LGBT元年」と呼ばれることがあるほどLGBTQへの社会の認知度が高まりましたが(※3)、それ以降、企業の施策も増えました。

 社内施策を可視化する取り組みも増え、「PRIDE指標」(2016年~) (※4)、経団連提言(2017年) (※5)、札幌市「LGBTフレンドリー指標制度」(2017年~) (※6)、大阪市「大阪市LGBTリーディングカンパニー認証制度」(2019年~) (※7)、厚生労働省の委託事業による事例集(2020年) (※8)などで企業の具体的な施策の内容を知ることができるようになっています。

 

当事者からの要望

 もちろん、もっと前から、個別の対応としてLGBTQ当事者の就労に関する要望に応えた企業もあったと思われます。ただ、個別の対応事例を公表すれば当事者の特定につながりかねないため、本人が積極的に公開しない限り、通常、公になることはありません。

 そのため、企業のLGBTQの労働者に対する個別対応の事例が公表されるのは、多くの場合、きちんと対応した場合でなく、うまくいかずに事件や裁判に発展してしまった場合です。

 就労の場面におけるLGBTQに関する裁判として、おそらく日本で最も早かったのは、2002年に起こったS社(性同一性障害者解雇)事件(※9)でしょう。この裁判では、性同一性障害の診断を受けた法律上「男性」の従業員が、女性の服装で勤務することや職場の女性用トイレを使用することなどについて、会社が行った服務規律違反による懲戒解雇を無効とする判断がでました。

 2000年代から2010年代前半の就労に直接関連する訴訟は、2002年に発生したU社事件(※10)など少数でしたが、2015年の経済産業省事件(※11)の提訴以降、裁判になる例は増えつつあります。

 最近では、上記の職場の女性用トイレ使用等をめぐる事件(※11)の他、職場でのアウティング(ある人がセクシュアル・マイノリティであることを、本人の承諾なく他の人に暴露すること)事件(※12)、自治体職員の同性パートナーの扶養等認定に関する事件(※13)、化粧を理由とした性同一性障害の運転手への賃金不払事件(※14)など、裁判の内容も多岐にわたっています。

 

法律や自治体の条例など

 企業の施策に影響を与えたと思われる、国や自治体の取り組みにも触れておきましょう。

 2000年以降、少数ですが、国の法律や制度の中でもLGBTQやSOGI(性的指向や性自認)についての記載が出てきました。

*2000年に閣議決定された人権教育啓発推進法基本計画(※15)に、同性愛者への差別といった性的指向に係る問題の解決  に資する施策の検討を行うことが盛り込まれる

   ↓

*2003年、戸籍の性別変更を可能とする、性同一性障害者特例法(※16)施行

   ↓

*2012年、自殺総合対策大綱(※17)で、自殺の恐れが高い層として「性的マイノリティ」に言及

   ↓

*2017年、改正セクハラ指針(※18)施行。被害者のSOGIにかかわらず職場におけるセクハラが指針の対象となることを明記

   ↓

*2020年、パワハラ防止法施行。指針(※19)で、SOGIに関するハラスメントやアウティングがパワハラに該当しうることが示された

 地方自治体では、2000年代のはじめから、人権条例に「同性愛者」「性同一性障害」「性的少数者」などの言葉を入れる例がありましたが、2010年代に入ると、SOGIについての差別的取り扱いを禁じる規定を含む条例が制定されるようになり、2017年以降は、アウティングを禁じる規定なども増えつつあります (※20)。

人権課題としての「SOGI」

 国の施策や企業の施策が進んだ背景には、国連をはじめとする国際機関の動きもあります。

 国連の人権に関する機関は、1990年代の初めからLGBTQに対する人権侵害に言及してきました。

 2006年には、国連の機関ではありませんが、国際法律家委員会や元国際連合人権委員会構成員などによる専門家会議で、「ジョグジャカルタ原則」(※21)が採択されました。これは、SOGIに関する問題が国際人権法の適用を受けることを明確にし、国や国際機関がとるべき措置を示したものです。

 そして、2011年6月、国連人権理事会は、SOGIに関する初の国連決議(※22)を採択し、SOGIを理由とする暴力や差別に対する懸念を表明しました。

 また、2012年には、国連の専門機関であるILO(国際労働機関)が、世界のLGBTQの労働者に対する差別に関する研究「プライド・プロジェクト」を開始 (※23)。

 さらに、2017年、OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)が、LGBTQへの差別解消に取り組む企業に向けた行動基準(※24)を発表しています。

 このような流れの中で、「職場でのSOGIの問題は人権課題」という認識を持つ企業が世界的に増え、社内施策の実施につながっているのではないでしょうか。

 

SOGIの話は「いやらしい話」?

 実は、私たちSR LGBT&Alliesが活動を始めた2018年には、職場におけるSOGIの問題について話をしようとすると、「そんな話を職場でするものではない」「仕事とまったく関係ないじゃないか」といった反応もありました。おそらく、「SOGIの話=性愛についての話」だと誤解されていたのでしょう。

 しかし、現在はそのような反応をされることはほとんどありません。日本でも、「SOGIの話は人権の問題」という認識が広まってきたからではないかと思っています。

 

※1 https://www.ibm.com/ibm/responsibility/jp-ja/inclusion/lgbt-plus.html
※2 https://www.goldmansachs.com/japan/our-firm/diversity/lgbt/
※3 「いまだ根強い偏見 性的少数者が抱える課題とは」2021年10月8日17時00分,北海道新聞電子版
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/594754#:~:text=%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E5%8C%BA%E3%82%84%E4%B8%96%E7%94%B0%E8%B0%B7%E5%8C%BA,%E3%81%91%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
※4 「work with Pride」サイト
https://workwithpride.jp/pride-i/
※5 『ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて』2017年5月16日,一般社団法人日本経済団体連合会
https://www.keidanren.or.jp/policy/2017/039.html
※6 https://www.city.sapporo.jp/shimin/danjo/lgbt/sihyo.html
※7 https://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000457206.html
※8 三菱UFJリサーチ&コンサルティング『多様な人材が活躍できる職場環境に関する企業の事例集
~性的マイノリティに関する取組事例~』2020年3月
https://www.mhlw.go.jp/content/000630004.pdf
※9 S社性同一性障害解雇事件(東京地裁 平成14年6月20日決定)
※10 U社性同一性障害解雇等事件(広島高裁 平成23年6月23日判決,原審:山口地裁岩国支部 平成22年3月31日判決,上告審:最高裁 平成24年3月9日決定=上告不受理)
※11 経済産業省事件(東京高裁 令和3年5月27日判決,原審:東京地裁 令和元年12月12日判決)
*2022年1月31日現在上告中
※12 大阪医療法人アウティング事件
*2019年8月30日 大阪地裁に提訴、2022年1月31日現在係争中
※13 北海道職員同性カップル扶養認定事件
*2021年6月9日 札幌地裁に提訴、2022年1月31日現在係争中
※14 Y交通(仮処分)事件(大阪地裁 令和2年7月20日決定)
※15 「人権教育・啓発に関する基本計画」(平成14年3月15日閣議決定)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/report/attach/1370677.htm
※16 「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(平成15年法律第111号)
※17 「自殺総合対策大綱~誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~」(旧大綱:平成24年8月28日閣議決定、平成29年7月25日廃止)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/taikou_h240828.html
※18 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき 措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)
*旧指針:平成28年8月2日改正(平成28年厚生労働省告示第314号),令和2年6月1日廃止
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf
※19 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令和2年1月15日(令和2年厚生労働省告示第5号,令和2年6月1日適用)
※20 「性の多様性に関する条例」一般財団法人地方自治研究機構http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/002_LGBT.htm
※21 'The YOGYAKARTA PRINCIPLES'2006
http://yogyakartaprinciples.org/
※22 国連人権員会決議「17/19 人権、性的指向およびジェンダー同一性」(A/HRC/RES/17/19)
https://www.unic.or.jp/files/a_hrc_res_17_19.pdf
※23 'Discrimination at work on the basis of
sexual orientation and gender identity:
Results of the ILO’s PRIDE Project'15 May 2015,ILO
https://www.ilo.org/gender/WCMS_368962/lang--en/index.htm
※24 『レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーおよびインターセックスの人々に対する差別への取組み 企業のための行動基準』2017年9月、国際連合人権高等弁務官事務所
http://www.unic.or.jp/files/LGBTI_UN_Broch_JP.pdf


執筆者

特定社会保険労務士 小田瑠衣

SR LGBT&Allies(社会保険労務士LGBT&アライ) 共同代表 


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